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現代の理論という伝説的な雑誌が終刊号を出しました。
今までに、すでに、2回の休刊期間をもっていますが、今回は第3期で、8年。
その間、30号を出しました。
いまどきめずらしい硬派な雑誌でした。
相当な論客を集め、さまざまな話題に及んでいました。
年4回、季刊でしたが、持続力のある編集でした。
もう、読めないとなると残念でたまりません。
こういう本を出すことが出版社の矜持なんだろうなと思います。
私も、なんとか体力をつけて、こういう定期刊行物を発行したいと思う今日この頃です。
今までに、すでに、2回の休刊期間をもっていますが、今回は第3期で、8年。
その間、30号を出しました。
いまどきめずらしい硬派な雑誌でした。
相当な論客を集め、さまざまな話題に及んでいました。
年4回、季刊でしたが、持続力のある編集でした。
もう、読めないとなると残念でたまりません。
こういう本を出すことが出版社の矜持なんだろうなと思います。
私も、なんとか体力をつけて、こういう定期刊行物を発行したいと思う今日この頃です。
投稿者 おがっち 01:32 | コメント(0) | トラックバック(0) | 阿吽社
近代歴史資料ともいうべき著作で、アメリカで発行されたものです。
明治から大正にかけて、日本が国家として近代をひた走る中、庶民の生活をキリスト教の伝道師が観察したものです。
もちろん、当時はまだ、欧米でも東洋に対する庶民の関心が高く、移民としてやってくるアジア人に対して興味を持っていました。
その時代に、日本で過した体験から、日本人論、および日本文化論をまとめたものが本書です。
今の私達にとっても奇妙に映る当時の日本人および日本社会を一度ご覧ください。
投稿者 おがっち 21:09 | コメント(3) | トラックバック(0) | 阿吽社
今年になって、京都で約30年ほど出版を続けている阿吽社という版元の代表取締役に就任いたしました。
皆さん。これからもよろしくです。
これは、本当にご縁でした。このご縁を大切にしながら、面白いことをやっていきたいと思っています。
何より、この年齢になって、メディアを手に入れるとは思いませんでした。
もちろん、いまや、ネットですから、そんなアナログな紙媒体はすたれるだけなのですが。
ただ、まったくすたれるまでは少し時間があります。
その間にいろいろと物理的なものを残せるのではないかと思います。
実は、このご縁を結んでくれたのが、大塚先生の『生と死の心理学』です。
とくに装丁は実力のあるデザイナーにお願いしています。
今回はジャケ買いというのが学術系の書籍でもあるのねって、思いましたね。
今は、何冊かの企画を進めています。
自分の教科書もまとめなければならないし、大変です。
心配してくれている卒業生が勉強会を呼びかけてくれたりしますしね。
ま、なんとかなりますかね。
皆さん。これからもよろしくです。
これは、本当にご縁でした。このご縁を大切にしながら、面白いことをやっていきたいと思っています。
何より、この年齢になって、メディアを手に入れるとは思いませんでした。
もちろん、いまや、ネットですから、そんなアナログな紙媒体はすたれるだけなのですが。
ただ、まったくすたれるまでは少し時間があります。
その間にいろいろと物理的なものを残せるのではないかと思います。
実は、このご縁を結んでくれたのが、大塚先生の『生と死の心理学』です。
とくに装丁は実力のあるデザイナーにお願いしています。
今回はジャケ買いというのが学術系の書籍でもあるのねって、思いましたね。
今は、何冊かの企画を進めています。
自分の教科書もまとめなければならないし、大変です。
心配してくれている卒業生が勉強会を呼びかけてくれたりしますしね。
ま、なんとかなりますかね。
投稿者 おがっち 23:08 | コメント(10) | トラックバック(0) | 阿吽社
投稿者 おがっち 23:18 | コメント(0) | トラックバック(0) | オーダーの極意
投稿者 おがっち 09:04 | コメント(2) | トラックバック(0) | 和歌山人権研究所
彼の死亡したことを純粋に悲しむなんてことは、国民でさえ、もとよりないわけですが、これで、朝鮮半島に限らず、不安定化は一層増したというのが報道の趣旨のように思われます。
しかし、生前の行動の断片をつなぎ合わせると、不安定化のシミュレーションだけではないようにも思えます。
というのは、元々、北京政府に嫌われていた彼の行動が、ロシアと中国を天秤にかける外交と北京政府に受け取られているとするなら、北京政府側にその傀儡をつくる意志が強い場合、彼の早期の暗殺が考えられて当然ではないでしょうか。
そうすると、今後の正恩政権は、そのことを含めさせられて、北京政府の傀儡ながら、安定化することになります。
今後、北朝鮮は、社会主義国であると同時に儒教の国ですから、礼に基づいて、喪に服すことになります。それが、半年なのか、一年なのか、わかりません。最長でも三年ですが、まさかそこまではないかもです。
このような解釈が成立するかどうかは、国際政治学の専門家ではないからわかりません。もちろん、専門家でもわからないだろうと思います。いずれにしろ、予断は許しません。ただ、東アジアが火薬庫にだけはなってほしくないと念ずるだけです。
しかし、生前の行動の断片をつなぎ合わせると、不安定化のシミュレーションだけではないようにも思えます。
というのは、元々、北京政府に嫌われていた彼の行動が、ロシアと中国を天秤にかける外交と北京政府に受け取られているとするなら、北京政府側にその傀儡をつくる意志が強い場合、彼の早期の暗殺が考えられて当然ではないでしょうか。
そうすると、今後の正恩政権は、そのことを含めさせられて、北京政府の傀儡ながら、安定化することになります。
今後、北朝鮮は、社会主義国であると同時に儒教の国ですから、礼に基づいて、喪に服すことになります。それが、半年なのか、一年なのか、わかりません。最長でも三年ですが、まさかそこまではないかもです。
このような解釈が成立するかどうかは、国際政治学の専門家ではないからわかりません。もちろん、専門家でもわからないだろうと思います。いずれにしろ、予断は許しません。ただ、東アジアが火薬庫にだけはなってほしくないと念ずるだけです。
投稿者 おがっち 22:37 | コメント(0) | トラックバック(0) | 雑
著者大塚先生の30年の論文を編集したものですが、今年の3.11以降の問題ともシンクロしています。つまり、現在の問題は新たな問題ではなくて、我々が取り組んで来なかった問題だということです。その意味で、ここで述べられている「寄り添い」「絆」は深い意味があります。臨床心理カウンセラーとしてずっと取り組んでこられた記録でもあるのですから。
投稿者 おがっち 11:26 | コメント(2) | トラックバック(0) | 雑
投稿者 おがっち 07:07 | コメント(2) | トラックバック(0) | オーダーの極意
投稿者 おがっち 13:09 | コメント(3) | トラックバック(0) | 雑
僕の靴を僕が大学生になって、成長もそろそろ止まった頃からずっと靴を作ってくれていた職人さんが、昨年末に亡くなられていました。
少し前に、木型を渡されていました。それもあって、今までの靴を修理してもらえればと思っていたのですが、今年になって、若手の靴職人さんを知人に紹介してもらい、それから、踵や底の修理をしてもらっています。
今回は10年近く履いているニコチンのオストリッチのオールソールをお願いしました。そのことはBontaのブログにありますが、底の作り方の詳細な内容を見て、少し、思いがあったのでここに書きます。
僕は、左足に少し障害があります。障害と書く程でもなく、踵の高い靴を履けばほとんどはた目にはほとんどわかりません。
大学生以来作ってもらってきて、履いている本人もその程度にしか感じていなかったのですが、実は、かなり工夫がされていたのです。
中底に少し革を積んでいるのはわかるのですが、それだけでなく、靴底を足に負担がかからないようにできるだけ柔らかくしているのです。
コルクの代わりにフェルトを入れていたり、左足にはシャンクを省略したりしていたのです。
実際にこのオストリッチの靴は僕のお気に入りでした。大切にしていますが、よく履いています。
タマと言われるつま先と踵の芯の革にしても普通よりは大きくなっています。それは、シャンクやコルクで支え切れない体重を少しでも補強する為です。
普通に履けるということがこれほどの努力が払われているということを、当の職人さんが亡くなられて初めて知ったということです。
僕のお世話をしてくれた職人さんへの感謝と僕の不明を恥じる日記です。
少し前に、木型を渡されていました。それもあって、今までの靴を修理してもらえればと思っていたのですが、今年になって、若手の靴職人さんを知人に紹介してもらい、それから、踵や底の修理をしてもらっています。
今回は10年近く履いているニコチンのオストリッチのオールソールをお願いしました。そのことはBontaのブログにありますが、底の作り方の詳細な内容を見て、少し、思いがあったのでここに書きます。
僕は、左足に少し障害があります。障害と書く程でもなく、踵の高い靴を履けばほとんどはた目にはほとんどわかりません。
大学生以来作ってもらってきて、履いている本人もその程度にしか感じていなかったのですが、実は、かなり工夫がされていたのです。
中底に少し革を積んでいるのはわかるのですが、それだけでなく、靴底を足に負担がかからないようにできるだけ柔らかくしているのです。
コルクの代わりにフェルトを入れていたり、左足にはシャンクを省略したりしていたのです。
実際にこのオストリッチの靴は僕のお気に入りでした。大切にしていますが、よく履いています。
タマと言われるつま先と踵の芯の革にしても普通よりは大きくなっています。それは、シャンクやコルクで支え切れない体重を少しでも補強する為です。
普通に履けるということがこれほどの努力が払われているということを、当の職人さんが亡くなられて初めて知ったということです。
僕のお世話をしてくれた職人さんへの感謝と僕の不明を恥じる日記です。
投稿者 おがっち 07:44 | コメント(0) | トラックバック(0) | オーダーの極意
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